和田の石門

太地町のジオサイトの一つ「和田の石門」について

和田の石門は、昔は「和田の岩屋」とか「岩門(せきもん)」と呼ばれていました。

紀伊続風土記には

和田の岩穴 村の端磯辺にあり。山を切抜きて門の形をなす。内に入れば村居に適せり。和田氏住居せし所といふ。

と記載されています(和田氏とは、太地古式捕鯨の創始者のこと)。

和田氏は、この石門の内側に4、5千坪もある屋敷をもち、のちにここを和田の東屋敷と呼んだ。
上記の文章は、み熊野ねっとから引用しましたが、石門の手前にある案内板にそのような文章があります。
現在はすべて普通の住宅になってしまっていますが、当時の和田氏の住居はかなり広く、その広さは約5000坪ともいわれています。
そして、この石門は、当時の和田氏の住居への通用門として使われたと言われています。

この石門と呼ばれる穴については、「熊野の太地 鯨に挑む町」という本のP60の写真のキャプションに、

和田の岩屋の跡。海に面した岩をくりぬいて、内側は部落になっている

と書かれており、岩に対して人工的に穴を穿ったものだと思っていたのですが、那智黒総本舗のサイトでは、風化作用によって開いた穴であるという説明がされています。

どちらが正しいのかはわかりませんが、ここに石門があり、その内側には和田氏の広大な屋敷があったことは間違いがないようです。
そして、若干姿は変わってしまいましたが、太地の海を眺め続けていたということも、揺るぎない事実といえるでしょう。

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